和田珈琲店のこと

和田珈琲店外観 東京都

昭和11年創業で自家焙煎の老舗として知られていた本郷の和田珈琲店。前々から店の存在は知っていたものの、初めて訪れたのはほんの4年ほど前でした。大通りに面した店で外から中が丸見えなのが落ち着かなさそうだとか、老舗だから飲み方の作法に厳しいのではないかとか、一方的な想像だけで理由で敬遠していました。

先代の店主がTV出演した時の写真
先代の店主がTV出演した時の記念写真

店を訪れるきっかけになったのは昭和56年頃の取材記事でした。初代とともに二代目が店に立ち、和田珈琲の味を守っている紹介文に添えて掲載された写真の内装は現在と同じ。店の人に伺うとちょうどその頃改築工事を行いビルになったそうです。現在と比べると調度品が増えることもなく、そのままの形で時間が経過した様子でした。 モノも音楽もなく静かな空間でした。カウンター内も後ろの棚も壁も無駄なものは何一つありません。メニューの貼り紙もなく、殺風景なくらいに無機質な空間でした。

仕事帰りらしい女性客はアップルパイらしきケーキを食べていて、帰り際におかみさんから「帰宅してもごはんは食べてね」と言われています。マスターは無言で作業していますが、お客から話しかけられると穏やかに応えています。私のなかで老舗喫茶店に抱いていた固いイメージが解け、親しみやすい感じに変わりました。その後もほんの時々店を訪れましたが、その度に居合わせたお客がそれぞれ、コーヒーは勿論、マスターとおかみさんが好きで通っている風の方たちばかりでした。ある時は和田珈琲に勝つ!と宣言しつつ、焙煎を研究しているとマスターに楽しそうに語る大学の先生、退院明けだと言いながら松葉づえをつきながら来店したおばさん、父親とやって来てココアを注文し、カウンターで宿題か何かを片づけていた娘さんなど……。

和田珈琲店内装

またある時は、営業時間帯にも関わらず入口のガラス窓を拭いているマスターの姿を見て、「今日は臨時休業かな」と思ったことがありました。後で出直した際に尋ねるとおかみさんは「(マスターは)内閣おそうじ大臣ですから」と応えました。店内が40年近く同じ姿を保ってきた理由を知った瞬間でした。

こちらのコーヒー豆を2、3度買いましたが、浅煎りの粗挽きなので、お店と似たような味を再現するのはとても難しく感じました。お店ではマスターやおかみさんが上手に蒸らしてネルで抽出していました。店で飲んだコーヒーは香りがよく後味もすっきりして、紅茶に近い感覚がありました。

閉店の情報を得て店を久しぶりに訪れると、「年を取って立ち仕事が疲れちゃって。(辞めることで)後悔はしていませんよ」とおかみさんはすっきりとした顔で話してくれました。長年続けてきた商売を辞めること、贔屓の客は残念だと思っているかもしれないのですが、おかみさんの言葉にはリタイア後のプランがあるようでしたし、こちらも寂しくなることもなくお礼の挨拶ができました。

和田珈琲店カウンター
カウンターで販売していた洋菓子は駒込のカド(2017年閉店)のものだった

和田珈琲のコーヒーは他店にはない独特のものでしたが、そこに集う人たちがつくり出す親しみやすさがありました。適度に客を放っておいてくれる一方、話掛けられれば丁寧に返してくれましたし、長年通う常連客と店主との関係もさっぱりしていて、喫茶店に限らずともよいお店が持っている種類の空気が流れていました。

和田珈琲店
文京区本郷
2018年12月27日閉店

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