身バレとすれ違い

「あなたのことについて聞いてきたお客さんがいたよ」
ある喫茶店の店主から告げられ、聞かれた内容を想像しました。年齢、性別、居住地、出身地、職業、など。
同人誌を出す以上は、本文の中身以外の興味を持たれることもあるかと想像していたけれど、やはりそんな人もいるのだと。それで10年ほど前の出来事を思い出しました。

初めて訪れた町に気になる喫茶店があり、その町を再訪したのは1ヶ月ほど後のこと。話好きの店主から創業時のエピソードや現況の話を伺いました。店内の雰囲気がとても良かったので、写真を撮らせてもらえないか訊ねたところ、店主の表情が変わりました。
あなたみたいな人がつい先日も現れたんだよ、とうれしそうに告げた店主は、喫茶店好きのユニークな来訪者のことを語り出しました。
そして「あの人のような面白い人とはぜひ連絡を取り合うべき」と言われ、その人が残した名刺の連絡先をメモするように言うのでした。
店主の話しぶりからすると、その来訪者に対して深い信頼を寄せているようでした。しかし、まだ会ったこともない人に突然手紙や電話で連絡するのはためらわれ、名刺にあった住所等はメモせず名前のみを書き写すことにしました。
店主は店のショップカードを手渡しながら、また近くに来たら寄ってくださいと言いました。

帰宅後、色々考えあぐねました。あの店主の話しぶりから想像すると、喫茶店好きの来訪者にも私のことをきっと告げるだろう。名刺を出された時に辞退すべきだったと後悔しましたが、喫茶店好きの人のことが気になったのも事実で。名刺はきちんとメモを取り、一度連絡を取るのが最適解だったと、今になって後悔しています。

どう対処すべきか夫にも相談して、その喫茶店の店主に手紙を出すことにしました。手紙には訪問時のお礼と自分の状況を綴りました。育児等で忙しく思うように喫茶店に行けないこと、喫茶店好きの来訪者にどうぞよろしくお伝えください、と。
返信の必要のないような手紙に対して、返信が届いたのは意外でした。再訪しなければと思いつつ季節は巡り、数ヶ月後にやっと訪問できました。手紙のお礼を伝えると店主は気まずそうに「内容からして返事を書くつもりはなかったけど、手紙を見せたらぜひ返信したほうがいいと○○さんに言われて」と、名刺に書いてあった喫茶店好きの人の名前を告げました。

やはり手紙を見せていたのだなと、2ヶ月ほど前のブログのアクセス解析のキーワードを思い出しました。手紙に書いた自分の住所の町名と喫茶店を掛け合わせた文字列が並んでいたこと。突然アクセス数が急増し、約1週間、ブログのほぼ全記事に対してある一箇所からの閲覧履歴が確認されたこと。更新が滞りアクセス数の少ないブログに対し、あまりに様子の異なる解析結果に思い当たる節がありました。

私が喫茶店の店主宛にお礼の手紙を書いたのはこの店が初めてで、この当時は新規の喫茶店好きの方とのやり取りもありませんでした。想像にすぎませんが、喫茶店好きの方は連絡を取ってこない私がどういう人物か気になって、様々な手段を使ってブログに辿り着いたのかもしれません。手紙には自分のブログ(当時の旧ブログ)のことは書いていなかったけれど、SNSが今ほど盛んでなかった当時、特定は容易いものだったと思います。

やはり、もう一度名刺を見せてもらい本人に連絡を取ろうと思ったのですが、ブログのアクセス解析の件を考えるとためらってしまいました。相手が大方の私の情報を得たいま、敢えて連絡を取る必要があるのだろうかと。結局、名刺は見せてもらわず、連絡しませんでした。もちろんその方からも連絡が来ることはありませんでした。いまの言葉で表現すると「もやもやした」思いだけが残りましたが、相手も同じ思いだったかもしれません。

想像が少し飛躍してしまいますが、実店舗で商売をしている喫茶店店主とくらべて、私のような立場は非常に気楽なものです。リアルで様々な考え方の人に対峙する接客業がいかに大変か。しかも、今はネットの投稿も気にしなければならない時代で。店舗側がネットで情報発信する意義は、ネットの一方的な投稿への対処のひとつかと私は考えています。また、自分の発信した内容(同人誌やこれまでのブログやSNSの投稿)を省みるときも、この時のことを思い出します。リアルの言葉は相手と向かい合うから慎む表現があるし、ときに嘘をついても表情や仕草は隠しきれないもの。ネットの文章は相手がいないから一方向で一方的で、ときにミスリードを誘発する表現があっても、ぱっと見はわからないもの。そして、文章は自分にとって不利な部分を隠しつつ表面上はよく見せるもの。そういうものだと自覚しています。そういう誤解があっても、言葉を重ねていくしかないのかなとも思います。

人というのは完璧ではなく、適当でいい加減なものですが、SNS等で発信を頻繁にしていると、自分をどう見せるかのブランディングを追求した結果、それにしばられてしまいがちです。だんだん堅苦しくなっていき、余白がない。SNSは余白や間をゆるさず、ミクロな視点で見る人が多いからなのかもしれません。お店側は個人ではない法人としてのブランディングだから、割り切っていける部分もあるのでしょうけど。

結局、長年リアルで付き合っている人たちも、SNSとリアルのいくらかを知っている人たちも、私は全部を知らないし、知らなくてもいいこともある。身バレというのは私にとってはどうでもいいことですが、すれ違いは今でもどう対処したらいいのか困るときがあります。ネットもリアルもその人のごく一部でしかなく、全部をわかり合えることは決してない。でもわかっているふりを両方でしていくのがしんどいのです。

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