「サイフォンコーヒーの店みちみち」は八丁堀のビルの地階にある、小さな喫茶店です。テーブル席は5卓、カウンター3席のアットホームな地下のお店です。
このお店は55年続いた「珈琲の店 たかはし」の居抜きで、2024年5月にオープンしました。内装だけではなく、メニュー構成やレシピもそっくり受け継がれています。現店主のみちみちさんは元々喫茶店を開業したいと思っていたそうですが、前店主の高橋さんから喫茶店営業のノウハウを教わるうちにお店を継ぐことになったそうです。
喫茶店の承継と聞くと、思い浮かべてしまうのは承継が決まった時からSNS等を駆使して、承継までのストーリーを紹介する経営者の方々です。老舗店の味や内装、雰囲気をブランディングし、人気メニューのレシピを受け継ぎ、内装は極力変えないことを謳いつつも、自分のアレンジを加え開店前からお店のファンを獲得するマーケティングはそれだけ競争の激しい業界であることの裏返しなのだろうと思っていました。特に東京都心は家賃も高く、継続していくハードルが高いです。そんな中、みちみちさんは「たかはしを自分の色に変えたくない、変えられない」と語ります。他店の承継とは真逆を行くような経営方針ですが、まずはお店のバトンをしっかり受け取り、経営を軌道に乗せた後で、徐々に自分色にアレンジされていかれるのではと思いました。

お店の人気メニューのひとつ、ミルクプリンに添えられたオレンジソースは果実から絞って作った手作りで、こちらはみちみちさんオリジナルです。たかはし時代から続くコーヒーゼリーと対照的な味で、コーヒーゼリーを姉に例えるなら、こちらは妹版のような立ち位置のようなメニュー。すっきりとしたミルクプリンに酸味の効いたオレンジソースがかかっています。
壁に掛けられたメニュー表は、たかはし時代から変わりません。ママさんのきれいな手書き文字なので、変えたくないとのこと。コーヒーミルやナショナル製のおしぼりウォーマーもたかはし時代からのものが現役で使われています。
最初は年を取ってから喫茶店を開業するつもりだったみちみちさん、高橋さんからは「年を取ってからでは動けないわよ」とはっぱをかけられたそうです。最初は紙ナプキンを折りたたむところから習い、お店のレシピを半年以上かけて教わったそうです。そして、高橋さんが足の怪我で店に立てなくなったのをきっかけに、「じゃ、あとはお願いね」と店を託されたことを話してくださいました。
高橋さんは喫茶店の仕事を教えながら、みちみちさんがどこまで本気か、見込はあるのか確かめていたのかもしれません。「たかはし」時代に最後に訪れたのは約2年前でした。世間話などをして店を出る間際に「次にここに来るときには店の屋号と中の人が変わっているかもしれないわよ」と言われたのを思い出しました。

みちみちさんによると、元々議員秘書をしていたというママさんはあるとき喫茶学校のCMを見て、これだ!と閃いて喫茶学校に通い、喫茶店を開業したそうです。最盛期にはアルバイトの女の子を2人雇っていたと、私も以前、たかはしのママさんから伺ったことがあります。
ママさんと私は感性が近かったのかもしれない、とみちみちさん。初めて「たかはし」を訪れたとき、可愛らしい雰囲気のお店でレトロ感もあり、すぐにお気に入りのお店になったそうです。お店のサイズが一人でも切り盛りできるサイズであったことや、たかはしが平日12時から15時までの短時間営業であったため、喫茶店を始めるにあたってのハードルが低かったのかもしれない、とのことですが、思い切りの良さはたかはしのママさんと似ているのかもしれません。
生涯を現役のママさんで終えるのが目標、とみちみちさん。「わたしはわたしのペースで」ということを何度か仰っていました。みちみちさんが「神棚」と仰るカウンター上部の棚には「推し」のグッズ、敬愛するマスターやたかはしのママさんの写真が飾られ、彼らに見守られながら仕事をしていると言います。ドリンクやゼリーなど、何か1品注文するごとにアルフォートや星たべよ、パピロなどの少し懐かしいお菓子をひとつサービスしてくれるのも、うれしい心づかいです。
初代オーナーの高橋さんのお店のやり方を忠実に続けながらも、みちみちさんならではのおもてなしが随所に感じられて、訪れるたびにほっとします。材料費も光熱費も家賃も値上がりし、なにかと厳しい時勢ですが、元気で続けてくださることを願っています。

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