麻布十番商店街の角地にサンモリッツというパン店があります。あんパンやクリームパン、シベリア、ジャムロールなどの昔ながらの菓子パンをはじめ、サンドイッチやコロッケパンなどの調理パン、デニッシュ、カップケーキ、食パン、ロールパンなど種類豊富に揃えています。スナック菓子やチョコレートなどの市販のお菓子や即席麺、贈答用の缶入りクッキーも販売しており、食料雑貨店的な役割も果たしているようです。パン生地がややずっしりとしていて、トングで取ったときに重みを感じるのがこちらのパンの特徴です。
サンモリッツの正式な屋号は「サンモリッツ名花堂」。サンモリッツはスイスの地名ですが、名花堂は森下にある老舗パン店「カトレア」の昔の屋号です。サンモリッツに初めて伺ってから20年近く経ちますが、名花堂という屋号については最近まで知りませんでした。店の定休日を書いた貼り紙にサンモリッツ名花堂と書いてあるのに気づき、森下のカトレアと同じ屋号だということを思い出しました。「名花堂っていうのは森下のパン屋さんとは何か関係があるのですか?」と軽く尋ねたところ、よくぞ聞いてくれました、いう感じで店の人は「関係あるんですよ」と答えてくださいました。
「私の父は森下の生まれで、名花堂で修行したのち戦後は麻布でパン屋を開業しました。以前、名花堂のカレーパン誕生に関する取材があったんですよ。父は名花堂の初代の店主がいた頃に修行していたのでカレーパンがお惣菜パンのような名前で販売されていた(森下のカトレアでは現在、「洋食パン」と紹介されている)ことや、特許を取っていたことを話したんです。取材の人は特許庁で調べて、本当に特許を取得していたことを確認したそうですよ」
その当時(少なくとも20~30年前)、森下の名花堂本店(カトレア)ではカレーパンを開発した頃(昭和初期)のエピソードがあまり残されていなかったようで、暖簾分けの麻布十番の名花堂まで取材に出向いた結果、より詳しい証言が得られたということのようです。

それじゃ、カレーパンを買わないわけにはいかないなと思って追加購入すると、「カレーパンは今じゃどこでもあるし、特別珍しい味でもないですけど」と謙遜されていました。食べてみると特段変わったところもないふつうのカレーパンでしたが、サンモリッツの先代がカレーパンを考案した本店から直接指導を受けたと考えると感慨深いです。
サンモリッツという屋号は「(時代の移り変わりで)名花堂が昔の屋号になってしまったので、サンモリッツにした」そうです。森下の名花堂がカトレアに変えたのと同じですね、と笑って仰っていました。
【名花堂について】
名花堂は明治10年創業のパン店(現・カトレア)。現在は小売主体のパン店ですが、創業の頃はパン工場で職人を沢山使って大量生産する卸主体の店でした。当時は職人への人使いが荒いパン店として有名でしたが、厳しい修行を経て確かな技術を手に入れた職人は、その後どこの店でも歓迎されたそうです。
「日本のパン四百年史」(1956)参照
コメント