観光茶屋、最後の1軒

東京都

伊豆大島の話をもう一つ。昔から大島観光の定番といえば三原山登山。かつては船が早朝に港に着くと、観光客はまず徒歩で三原山を目指しましたが、お金のある人は馬を利用して登ったそうです。三原山の山頂付近にある歌乃茶屋には馬に乗ったお客と茶屋の従業員を写した昔の古い写真が飾られています。この写真の頃は店は今の場所ではなく、五合目あたりにありましたが、昭和27年に山頂までの道路が完成したことから茶屋は山頂に移転したそうです。店の看板に「ドライブイン歌乃茶屋」と書いてあるのは、道路が整備されて車やバスで山頂付近まで訪れる観光が主流になった頃のものでしょうか。この日は霧が濃いためか駐車場に停めてある車はほんの3~4台で、車を降りても本格的なお鉢巡りはせずに帰って行く人ばかりでした。バス専用の駐車場には1台も停まっていませんでした。

窓辺から火口を見渡せる御神火茶屋は定休日なのか閉まっていたので、すぐ傍にある歌乃茶屋に入りました。手前がお土産物屋、奥が食堂になっています。入って驚いたのは広い団体用の部屋があったこと。かつては別館や地下にも客席があり、団体客を受け入れていたようです。沢山の旅行代理店の看板が壁に掛けられていました。後で伺った話によると、以前は本館とつながっていた別館は2019年の台風で屋根が飛んだため取り壊したとのこと。1986年の三原山噴火の際の昭和天皇被災地訪問で撮影されたという写真には本館と別館の両方が写り込んでいました。

歌乃茶屋の名物のひとつは明日葉を使ったメニューでしたが、明日葉を切らしているということで、ラーメンを注文しました。どうやら明日葉の旬は春先のようです。予約席以外はどこでもどうぞと促された店奥の食堂スペースには長机とパイプ椅子がずらりと並び、どの列に座ろうかと迷ってしまいました。この後30名ほどの団体客が訪れ、食事の後に牛乳せんべいなどのお土産を購入していましたが、店主の女将さんを中心に買い物客を手際よく捌いている姿が印象的でした。

歌乃茶屋の名前の由来は、お客を歌と踊りでもてなした茶屋だったことから名付けられたそうで、現在の女性店主は「私にはそんな素養はありませんが」と仰っていました。歌乃茶屋の踊り手の女性のことを「うたのむねをそそる哀調 この水とこの空気にそだてられた彼女達 うらやましき以上のもの」としたためた手紙の内容をアクリル板に彫って掲示されていますが、こちらは昭和7年に自死した女性の遺した遺書だそうです。「大学の先生が時々見えて説明してくださるんですよ」とのこと。後で調べたところ、当時は三原山の火口に身を投げる者が相次ぎ、自治体や警察は対策を講じたものの止めるのは難しかったようです。この時期は東京湾汽船(現・東海汽船)が文化人を大島に招き、大島の観光が盛り上がっていた頃と重なります。自死が増えたのは昭和8年に女学生の三原山での投身による心中が美化されて大きく新聞等で報道されたことによるものが原因の一つではないかと、今防人氏の論文(1994年)で考察されています。

以前訪れた2012年頃には山頂の観光茶屋は御神火茶屋、火口茶屋、歌乃茶屋と三軒はあったと記憶していますが、火口茶屋があったような場所は建物の基礎だけが遺されていました。100年以上営業を続けてきた御神火茶屋は近年経営者が若い方に交代したそうですが、2024年に閉業したとのことでした。「今はうち一軒だけになって。(経営が)なかなか厳しいんですけど、ここが無くなったら困る人も出てくるので、今は定休日を設けず、台風やなんかで船が欠航になる日以外は毎日開けているんです。体調の続くかぎりはやりたいと思っているんですけど」と店主さんは仰っていました。山頂の観光案内所は終日無人で、有人施設は歌乃茶屋のみ。観光案内所にあった自治体のポスターによれば歌乃茶屋では噴火が起きた際のヘルメットを貸し出しているそうです。山に観光客が押し寄せていた時代を経て、観光茶屋の最後の1軒となり、何かあったら頼られる存在となった現在。観光ブームが過ぎ去り、本来の姿である静かな山頂の雰囲気のほうが好きだなと私は思いました。

店内には火事の前の元町と書かれた住宅地図が店内に貼ってありました。元町の大火は1965年なので、昭和30年代の希少な住宅地図です。地図には歌乃茶屋と書かれた場所があったので、尋ねてみると昔は元町でも店を営業していたのかもしれない、とのことでした。地図には前日にかしゃんば餅(餡入りのヨモギ餅をサルトリイバラで包んだ和菓子)を購入した金太楼本舗や今も営業しているお土産店の屋号が書かれており、昔からの店が何店も現在と同じ場所で営業していることがわかりました。地図にあった寒川ケーキ店という屋号が気になりましたが、詳細がわからずじまいでした。島を出る前に土産物店でお店の人から薦められて購入したOSHIMAPというサブレーに寒川という屋号が記されていました。後でネット検索したところ、寒川ケーキ店は現在さむかわ食賓館というスーパーマーケットになりましたが、洋菓子の製造・販売を現在も行っているそうです。

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