産後と喫茶店

2021年1月、『戦後と喫茶店』という同人誌をつくりました。宣伝は自分のTwitterアカウント(@matsutakekissa)だけでしたが、様々な世代の方々から反響がありました。何の実績もない私の本が売れたのはTweetを拡散してくださったみなさまのお陰です。本当にありがとうございました。

本を購入した方からは時々「どうして本をつくろうかと思ったのか」と訊かれます。同人誌の序文には書きたかった理由を書いていますが、もっと率直に言えばどうだったのか?と。なので、制作裏話を書きたいと思います。

私が喫茶店を写真や文章で記録しようと決めたのは2007年でした。それ以前も喫茶店は好きで時々行きましたが、刹那的に楽しむばかりでした。その気持ちが変わったきっかけはその年(2007年)3月の日比谷・三信ビルの解体、それとほぼ同時期の有楽町ももやの閉店でした。形あるものはいつか無くなる。意識して記録しようと思いました。

とはいってもいい加減なもので、コーヒー一杯の値段とお店の雰囲気とメニュー構成、営業時間と定休日がせいぜい。コーヒの値段すら失念したお店もあります。いずれは記録内容を冊子にまとめ、知り合いに見てもらおうと思っていました。地元や学生時代に知り合った喫茶店好きの友人は東京に意外と古びたお店があると知ったら面白がるだろうし、上京の折には案内するのも楽しいだろうなと妄想をふくらませつつ……。

しかしその後次第に仕事は忙しくなり、結婚、夫の義両親に関するイベント、妊娠に伴う退職、出産、再就職、様々なことで喫茶店めぐりからは何度か遠ざかりました。出産前には喫茶店の趣味自体をやめようと考えたくらいです。それとは正反対の同人誌をつくる経緯となったのは、自分の意思ではどうにもならない、様々なままならぬことへの反発でした。

様々なままならぬこととは育児があり仕事が十分にできないこと、喫茶店にも簡単に行けないこと、ぼんやり温めてきた喫茶店の冊子を作れずに記録を続けて10年近くが経ってしまったこと。このままでは何もできないまま終わってしまう。焦りがありました。

制作はできることから少しずつ始めました。夫に子どもを預けられる時間帯で行って帰ってこられる範囲内の喫茶店、家族で出掛けられる日は遠出して自分が喫茶店に行く間は夫に子どもを見てもらいました。取材交渉はいつも行き当たりばったり。自分側の都合で帰宅時間が決まっている、お店の閉店時間や繁忙な時間帯は交渉不可、などタイミングの調整からして私にはハードルが高いものでした。もっと時間がある時期に取材をすべきだった、せめて自由業とか平日休みが取れる仕事だったらと、何度か思いました。

取材ではなく喫茶店めぐりに関する苦い思い出が2つあります。1つめは子どもが7カ月の頃に行った日立市の喫茶店でした。1週間前に定休日を電話で確認したにもかかわらず、店のドアには臨時休業の札が。子どもを抱っこしたままその場にへたり込みそうになりました。個人商店ではよくあることですが、夫への交渉、日程調整、交通費などを考え、計画が崩れたことで頭が真っ白になったわけです。結局、夫に促されて気持ちを切り替え、水戸の喫茶店に向かいました。

もう1つは年に3回名古屋に行ったことです。子どもが0歳~1歳の頃でした。1日に7~8軒の喫茶店めぐり。私と子どもの事情で夫も子どもも一緒でした。夫や子どもには多大なる迷惑をかけました。移動はすべて公共交通機関、ベビーカーを嫌うため抱っこひもでの移動。私がどうしても行きたかったのは名古屋ではごく普通の、しかし東京には絶対にないタイプのファミリー向けではない小体な昔ながらのお店ばかり。お店では外で待つ家族のことを考えて決してゆったりできなかったし、緊張しどおしでした。正直、尋常ではありません。しかし、あの時は行ける時に行っておかねば、行けるのは今しかない、という気持ちに駆られていました。自分が望んだ場所で楽しい時間を過ごすべきところですが、家族に迷惑を掛け、時間とお金を浪費して何をやっているのかと焦っていました。その時訪れた喫茶店は、スムーズに行った時のお店よりも深く印象に残っています。

今では子どもは成長して一人で留守番できる齢になりましたが、喫茶店に行くため夫に子どもを預けていた幼い頃は、子どもは玄関先でよく泣いていました。家族へのうしろめたさと時間・お金の負担と焦りが原動力になったのだと思います。2008年頃に作りかけていた冊子掲載の喫茶店は、同人誌の制作時までにほとんどが閉店していました。できることならきちんと取材したかったと後悔が残っていたため、閉店した喫茶店のこととして同人誌に載せています。

本の制作は時間と費用はかかりますが、制作自体はすごく難しいものではありません。ネットで作り方も詳しく紹介されています。しかし、本業にしている人ならともかく、素人が作る同人誌作りは多かれ少なかれこんな感じなのかもしれません。最短距離ではなく大回りで時間とお金を遣い、家族にも負担をかけ、勢いと根気で制作した同人誌。本当はこうするべきだったという反省点は山ほどありますが、興味を持って手に取ってくださった人が多くいたことには報われた思いがあり、感謝しています。ありがとうございました。

同人誌『戦後と喫茶店』通販サイト https://matsutakecafe.stores.jp/

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