物価高騰による価格改定に次ぐ価格改定。何もかも値上がりしており、今後はさらに品不足も続きそうな模様。先日都内で喫茶店の前を通りかかったところ、お願いごとの貼り紙をみつけました。1人2品注文をお願いします、というものでした。最初、1人1品のことかと思って読み間違えていたところ、1品のみの場合は席料を別途いただくとの旨。1人2品など大して高くないと思われる方もいるかもしれませんが、こちらのお店ではドリンク1杯とフードを注文すると2千円前後、ドリンク1杯に席料を追加すると千円前後になります。理由は物価高騰によるもので、心苦しいお願いになりますが、どうかご理解ください、という文字からは店舗継続か撤退かの経営判断を迫られているような雰囲気も感じとれました。
そういえば、先日訪れた喫茶店では、店主さんが食材が値上がりしており、かなり厳しいとおっしゃっていました。昨年はコーヒー豆の高騰で大変だという話を聞いていたので、やはりコーヒーでしょうかと伺うと、何もかも、という答えが返ってきました。コーヒーとフードを注文するとこちらのお店も2千円弱の値段となります。さらにこちらのお店はご自宅と店舗が同じで、テナント料を払う必要のないお店です。それでも厳しいということなのでしょう。
喫茶店経営が厳しいのは価格高騰だけではありません。6年ほど前の喫茶店ムック本がクリニックの待合室にあったのでパラパラめくってみたところ、自分の知っているかぎりでは少なくとも12店舗が閉業もしくは長期休業、あるいは移転していました。喫茶店好きによく知られている店舗は高齢者が経営しているところが多く、この3、4年で閉業が本当に増えました。喫茶店ブームの時期に開店した店が同時期に店を畳んでいくのは少し考えてみれば自然なことではあります。ごく一部で世代交代していることもなくはないですが、それはあくまでレアケース。
都内ですらこうなのだから、他の地方はもっと厳しいのかもしれない、いや、中京圏や近畿圏はまだまだ喫茶文化があるから、ここまで危機感はないのかもしれない、などと考えてみました。しかし5、6年前のような価格帯はもう維持不可能であり、店主高齢による閉業が増えて喫茶店の軒数が減少している現在、昭和レトロ喫茶が希少価値が高いという目線のみで追いかけ続けるのはさすがにキツすぎるなと感じています。古い喫茶店ばかり追いかけていくこと自体がもう充分古い考え方なのかもしれないと思うことがあり、この1年は特に遠方まで出かけたりして喫茶店を巡り歩くことを積極的にしていません。そうまでしても行きたい喫茶店にはもう充分行けたようにも思います。本当に喫茶店文化を守りたいと考えるのならば、どうすべきなのだろうか?
たとえば「喫茶店文化を継承する」という継業喫茶店が少しずつ増えていますが、そのような店を応援することが喫茶店文化を守ることにつながるのでしょうか。継業喫茶店の多くは、お店の内装はできるだけこれまでのままにしていることが多いですが、それ以外はこれまでと全く同じやり方では時代に合わないので、古い部分は切り捨てたりアップデートしていくわけです。若い人が継ぐことによって電子マネー支払いがしやすくなったり、リニューアルの結果、新しいメニューに刷新(ロスが多いメニューは省かれる)されたり、水回り(お手洗い)がきれいになったりと、利用客にとってはありがたいことも多いです。そうして10年、20年、30年経った時には伝統的な喫茶店の定義というものも変化している可能性が充分にあります。例えば、喫茶店を利用する目的としては、2020年まで当たり前だった喫煙目的はより明確に「喫煙可能店」と名称が変わりました。すでに喫茶店へ行くこと自体が目的の人も「純喫茶巡り」というワードの普及とともに認知されつつあります。「こちらの店に伺いたくて、東京から(はるばる)やってきました!」という言葉によって、店の人が絶句したり唖然とすることは10年前と比べると圧倒的に少なくなりました。
古い喫茶店巡りを趣味道楽とする者としての見方ですが、レトロなガワ(ハード)は残してほしい、人気メニュー(ソフト)は継承してほしい、サービスなどのソフトはアップデートとしてほしいというおいしいとこ取りの希望なのでしょうね。一方で、既に店主は同じでも客層は変わったり、店主も客層も変わったという店が大半なのだから、人が醸し出していた昭和の喫茶店の雰囲気は既に無くなっているともいえます。記憶は都合よく書き換えられるものだし、客観的に変化を追えているかといわれたら、あまり自信がありません。私には喫茶店文化を残したり、継承することはできそうにもないけれど、記録することはできる。変わりゆく時代になんとかついていくしかないのだろうな。たとえ1人2品注文、できなければ1品で30分で退店が常識に変わったとしても。

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