東向島の軽食喫茶

東京都
KC3I0161

先日、古書店でB級グルメブームの頃に刊行された文春文庫の『東京・横浜 B級グルメの半日散歩』を買いました。本には東向島界隈の散歩コラムが掲載され、「つるや」という喫茶店が紹介されていました。その屋号と所在エリアにはおぼろげな記憶がありました。
「沼田元気氏が『東京人』で紹介していた閉店喫茶ではないだろうか?」

『東京人』バックナンバーを確認したところ、1999年9月号の墨田区喫茶店案内の連載には「つるや」という喫茶店の写真が掲載され、記憶違いではなかったことがわかりました。しかし、同一の店なのだろうか。

『東京人』には店の外観写真と訪問時のエピソードが載っているものの、住所の記載はありません。
『B級グルメ』には住所と内装写真が載っていますが外観写真はなく、ストリートビューの最も古い撮影情報を確認したところ、つるやのあった場所にはマンションが建っていました。
2000年代の電話帳には墨田区内には喫茶「つるや」の登録が1件あり、『B級グルメ』の住所記載と同じものでした。

結論として、同じ店かは確定できませんでしたが「おそらく同じ店だったのではないか」ということにして(いい加減だ)続けます。掲載年は『B級グルメ』が1993年、『東京人』が1999年です。掲載時期に6年の差があり執筆者も異なりますが、同じ店を紹介しているのは店の佇まい等に惹かれるものがあったからなのでしょうか。さらに、『東京人』では閉業していたにもかかわらず、1頁を使って大きく写真を取り上げていたことが印象的でした。記事を読み「一体どんな雰囲気だったのだろう?」と想像していたのが、後になって営業時(と思われる)記事と写真を見つけたときのうれしさときたら。一度も訪問したことのない店なのに、記事と写真から店の雰囲気を想像し、いつのまにか親近感を感じていました。

東向島6丁目にかつてあった軽食喫茶「つるや」。所在地は水戸街道(国道4号線)から路地に入った場所(写真左のマンション)の奥あたり。(Google Street View より)

文春文庫の『B級グルメ』に掲載されていた「つるや」は、軽食喫茶でありながらハイボールやジンフィズなどのお酒も出すお店だったとあります。赤いビニールレザーの椅子、丸い黄色の照明カバー、旧式のコカ・コーラの冷蔵庫がある店内を、筆者は「創業は昭和30年代の終わり頃だというが、昭和20年代の雰囲気がある」と感想を述べています。昭和20年代と30年代の喫茶店の雰囲気がどう異なるかはともかく、内装写真の様子からは昭和40-50年代の喫茶店のようにしか見えませんでしたが……。筆者とのやり取りするおかみさんの対応には取り繕った愛想はなくても、気づかいを感じられました。

1999年に沼田氏が訪れた頃には「つるや」は営業をやめていましたが、店舗を改装することなく自室として使用していたのか、営業中と間違えて入店してしまったようです。元・経営者が閉業のいきさつを小一時間話してくれたと本文にはありますが、雑誌に掲載するような内容ではなかったのか触れられていません。しかし、突然現れた来訪者を追い出すこともなく、閉業のいきさつ(おそらく、営業していた頃のことも含めて)を語った経営者の対応に暖かさを感じます。そして、墨田区内にはつるやのような喫茶店がほかにもあったことを思い出しました。

「つるや」内装。(『東京・横浜 B級グルメの半日散歩』文春文庫、1993年より)

たとえば、八広駅の近くにあった「フクトミ」。「コーヒー」と日よけテントには書いてあるのに、入店すると食堂っぽい雰囲気でした。肌寒い日で私が寒そうに見えたのか「温まったでしょ?」と話しかけてきてくれたおかみさん。喫茶店でラーメンを出す店は珍しかったので「ところで、こちらは喫茶店なんですか?」と訊ねたところ「うちはもともとラーメン屋です」との回答でした。出前が多かったので、店内利用もしてもらうためにコーヒーを出し始めたのだとか。内心、喫茶店とカウントできないことを残念に思いましたが、界隈には定食屋を兼ねたような喫茶店が他にもありました。23区内でも都心をすこし外れるとコーヒーやドリンク主体の店というよりも、食事ができる喫茶店が目立ちます。「つるや」も、そんな店のひとつだったのではないかと思います。「つるや」ではお酒を出していたそうですが、常連客から請われて提供するようになったのかな、とますます想像をたくましくさせてしまいました。

(参考資料)『東京・横浜 B級グルメの半日散歩』文芸春秋編「墨東の袋小路をさ迷いながら ミニミニ博物館 シラミつぶし半日散歩(早川光)」文春文庫、1993年、『東京人』1999年9月号「ぼくの伯父さんの喫茶店案内(沼田元気)」

コメント

  1. keistella より:

    「つるや」を温かい内容で取り上げていただき、ありがとうございました。この店は、昭和30年代に祖父が始め、当時は祖父母と叔母2人の4人で営んでいた洋食と珈琲の店でした。
    戦前には池袋(東口)駅前で「オリオン」というカフェを経営していました。空襲や疎開、その後変遷があり、向島の地で池袋時代人気のあった洋食の数々とネルドリップで淹れたこだわりの珈琲を看板メニューにし開店した、と聞いております。アルコール類を出していたのもその名残かな、と思います。
    ちょうど昨日、祖父母の仏事のことで東向島のお寺を訪れ、せっかくだから「つるや」跡地をみてみようと思い、失念していた住所を検索していたところ貴殿の記事に辿り着きました。
    何かの巡り合わせでしょうか。
    早速、祖父の長男である90歳になる父に知らせました。従兄弟たちとも共有したいと思います。
    血のせいか私も喫茶店がすきなので、ほかの記事も拝読させていただきます。
    ありがとうございました。

    • matsutake_cafe matsutake_cafe より:

      コメントをいただきありがとうございます!しばらくブログにログインしておらずコメントに気が付きませんでした。申し訳ございません。
      「つるや」さんには行ったことのない私が記事を書くのはちょっとずうずうしいかとも思ったのですが、たまたま昔の記事を見つけてどんなお店だったかが気になって書きました。戦前、池袋にあった「オリオン」時代、向島に移転された後のお店のことを書きこんでくださり、大変興味深いです。ありがとうございます!
      戦後の喫茶店の変遷を調べるのを趣味にしております。書かれた記事をもとにしており拙い内容で間違っているところもあるかもしれませんが、何か間違いがあればご指摘いただけましたら訂正いたします。よろしくお願いいたします。

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