前ブログに載せていた内容です。進駐軍や米軍と間接的な関わりを持つ飲食店を調べていたところ、こちらの店のことを思い出しました。既に閉店されたお店ですが、印象に残っていたので少し手直しして再掲載します。
電車代を節約するため、代々木上原から京王線方面に歩いていた時のことでした。
ようやく甲州街道までたどり着き、あとひと息。幡ヶ谷と初台の中間地点を歩いていると、裏通りに喫茶店がありました。近づいてみると、よく見かける雰囲気の珈琲専門店でした。珈琲豆の対面販売スペースがあり、カウンターにはサイフォンの器具が並び、メニュー板がつりさがっていました。
珈琲専門店らしくストレートコーヒーやバリエーションコーヒーのメニューが色々あって興味をひかれましたが、結局普通のブレンドとチーズケーキを注文しました。マスターの趣味なのか、壁には戦闘機や外車の写真が飾られており、それらをぼんやり眺めて待ちました。
しばらくして、「おまたせしました」と運ばれてきたケーキは普通の店の1.5~2倍はあろうかという大ぶりのサイズで、コーヒーもやや大きめのカップになみなみ注がれていました。ケーキは甘さ控えめでチーズの味が効いており、コーヒーもやや薄めであっさりしています。日本風にアレンジされたものでもなければ、甘さの際立つヨーロッパ風でもない。表面はうっすら焼き色が付いていて、中はレアに近い食感でした。
会計を済ませた時に、店の主人から「ケーキ、大丈夫でしたか?」と訊かれました。想像より大きくて、とてもおいしかったと答えると、ご主人の顔がとたんにほころびました。「これはうちの自家製なんですよ」と言いながら、輸入物のクリームチーズのパッケージを見せてくれました。説明によると、卵とクリームチーズ、砂糖、レモン、コーンスターチを加えたリッチな生地だということです。「この間来たおじいさんは酸っぱくて気に入らないって言ってたから気になっていたんだよね」とも言っていました。
「乳製品のおかげで、私は背が高くなったんですよ。こういう髪型とか鼻の形をしている人、私の世代ではなかなかいないでしょう?」と言われ、改めてマスターの姿をしげしげと拝見すると、ややわし鼻に長い首、スマートで背の高い体格で、ジェームスディーンのような髪型をされていました。
マスターは喫茶店を開く前、米軍基地*で働いていたそうです。奥からアルバムを持ってきて、若かりし頃の写真やご自慢の奥さんの写真を見せてくださいました。これまでの常識がすべてひっくり返ってしまった戦後の厳しい食糧事情のなかで育ち、アメリカの豊かさに触れた世代の方で、マスターいわく、この背と首と鼻は、戦後支給されたミルクのおかげなんだとか。
食卓の欧米化によるマイナス面ばかりを聞いて育った自分としては、乳製品とそれをもたらしたアメリカを称賛し、背丈の高さについてこだわりを持っているマスターの価値観を新鮮に感じました。
その他のフードメニューにはカレーライス(肉大辛飯)やサンドイッチがありましたが、これもアメリカ仕込みの味だったのかもしれません。
店を始めて35年(2011年当時)ですが、家自体は大正のものだそうです。きれいに改装されていたので、内外装を見ただけではよく分かりませんでした。最初はよくある珈琲専門店かと思って入ったので、意外なマスターの経歴を聞けたことが印象に残っています。
珈琲専門店 珈和世
渋谷区本町
ブレンド 350円 チーズケーキ 370円
*うろ覚えですが、代々木の基地だったと思います
※2013年5月頃に閉店したとの情報をeさまより頂きました
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