カフェ・アラジンの冬

関東地方

足利には老舗の屋台カフェがあります。営業時間は夕方から夜まで。ランプの灯りの下に集まる人たち。メニューはコーヒーのみ。コーヒー好きの人はその名を一度は聞いたことがあるかもしれません。

カフェ・アラジンのことを初めて知ったのはTV番組「アド街ック天国」の放送(2011年5月)でした。野外ゆえのお天気次第の営業やカップル客が多いことを知り、なんとなく一見には条件が厳しいかと訪問を諦めていました。しかしお店を取材した古い記事を見つけたことがきっかけで再び興味を持ちました。

アラジンの創業者、阿部弥四郎さんは15歳で欧州航路のコック見習いとして仏、英、中近東などを巡り25年間勤務。戦後は神戸のレストランでフレンチシェフを務め、結婚。その後桐生のレストランに17年勤務して退職。67歳で屋台カフェ・アラジンを始めました。中近東には野外のコーヒー店が珍しくなかったことからそのスタイルを踏襲したそうで、屋台に吊るされたランプなどの小物がエキゾチックな雰囲気を醸し出します。県内各地だけではなく、神戸、京都など遠方からもお客が訪れます。学生、大学の先生、クラシック音楽ファン、地下足袋の労働者も気軽に立ち寄る店として紹介されています(『オール生活』1978年6月号より)。

カフェ・アラジンは1971年の創業時から父の弥四郎さんと息子の次郎さんで経営、弥四郎さん死去後は次郎さんと長兄の哲夫さんの2人で店を続け、2021年に50周年を迎えました。しかしこの年は転換期でもありました。創業以来店を出していた道路の工事により、その場所での営業が不可となり、学習塾の駐車場エリアの奥に引越すことに。今までは毎回屋台を移動する必要がありましたが、引越し後は屋台は固定となりました。「だいぶ楽になりましたよ」と現店主の次郎さん。

訪れた日はからっ風がほとんど吹かない穏やかな冬の日でした。この日最初の客になったので、ネルをやぐらにセットするところから抽出を見学できました。「今日は風が落ち着いてよかったです」と言いながらも、陽が差しても気温は低く、お2人は寒さを凌ぐため絶えず歩き回っていました。開店直後から犬の散歩の人など一人、また一人と訪れては店主と世間話を交わします。古い記事を店主さんやお客さんに見てもらいました。その記事から昔のお店の話題になりました。「懐かしいね」「昔はお客さん次第では深夜まで営業していたことがあった」「若い人が集まって活気があった」「親父は話がうまかったから女性にはもてていた」などと昔のこともぽつぽつと話していただきました。誰でもウェルカムな雰囲気と素朴さの両方を備えたお店で、「メニューはコーヒーのみの屋台カフェ」から想像される、ストイックな雰囲気とはかけ離れていました。

帰宅後、カフェ・アラジンの真冬の3日間を取材したドキュメンタリー(NHKの『ドキュメント72時間』)を視聴しました。冒頭の1日目はこの年一番冷え込んだ日で、夜更けには氷点下を記録しました。マスターが「こんな寒いところで何で我慢して珈琲を飲まなくちゃいけない」と漏らし、お客さんは「初めて言っちゃったね」と返します。開店時の50年前と比べ、コーヒーを飲むための選択肢は格段に増えましたが、店を慕って訪れる人たちにはわざわざ行きたくなる理由があるのだろうということで、ドキュメンタリーでは、店に集う人たちに来店動機を問いかけます。

来店動機はさまざまでしたが、私はこう思いました。普通の喫茶店のようにドアを開けずとも、屋台のそばに行けば声を掛けてもらえるし、皆が集まる輪の中にも自然と入れるし、入らなくても問題ない気楽さがある。道端の椅子に座りランプの灯りの下でコーヒーを飲む非日常感など、リピートしたくなる気分になるのかなと感じました。

※現在、アラジンはTwitterにより開店状況などをツイートしています(@arajin_jiro3)。またお店のご常連さん作成によるアラジンのホームページはこちらです。NHK『ドキュメント72時間』(「ドキュメント72時間 小さな屋台カフェ 千夜一夜物語」)で取材されています。

コメント

  1. blackcoffee1964 より:

    マツタケ喫茶店さま

    こんばんは。私も先日「カフェ・アラジン」を訪問してきました。
    店主ご兄弟とお客さん達が織り成す雰囲気こそがが、50年続いている答えなのだろうと思います。
    またあの空気の中で珈琲を飲みに行きたくなっています。

    • matsutake_cafe matsutake_cafe より:

      こんにちは。コメントありがとうございます。店主さん達とお客さん達で作り出される雰囲気は初めてでも居心地よかったです。私も今度は夜のアラジンを体験したいと思っています。

タイトルとURLをコピーしました