2000年頃の関西のカフェ、喫茶店

union_kyoto 近畿地方

『京都喫茶店クロニクル』(田中慶一著、淡交社、2021年)を読みました。明治から現在にかけての京都の喫茶店の変遷がまとめられた労作です。とくに興味深かったのはカフェブーム(1990年)以降の内容(後半)、および著者の田中さんと木村衣有子さんの対談でした。同時代に生きていた私でしたが、学生だったため1杯500円以上の価格帯のカフェに行くことはほとんどありませんでした。あの時代がどんな風だったか、カフェから純喫茶再評価へ向かう流れも、ようやくわかったような気がしました。

2000年前後のカフェブームの時代。当時はネットより雑誌・単行本の情報が優勢でした。当時私は神戸在住でしたが、東京から始まったカフェブームは全国を席巻し、関西の雑誌でもたびたびカフェ特集が組まれていました。レトロビルの一角、商店街の奥などわかりにくい場所にオープンしたカフェは隠れ家カフェと名付けられ、オープン後間もなく雑誌に載るお店も少なくありませんでした。古いビルの1、2階に雑貨、アンティーク、カフェが次々とオープンしていくのは楽しみでもありました。カフェ関連事業にも恩恵があり、イームズのデザイナーズチェア、カフェめしのレシピ本、カフェミュージックのコンピレーションアルバムの発売など、賑やかだったことを思い出します。

『京都CF』2002年6月号掲載の喫茶特集はそんな当時のカフェブームに背を向けるわけでも、逆張りするわけでもなく、時代とともに歩んできた京都の喫茶店を飾らずに取材しています。巻頭文の内容は、現在営業中の喫茶店にそのまま当てはめることができます。

「時代は大きく変化し、街にはその当時を知らない世代が増えた。が、時代に寄り添うように、けれども迎合することなく生き抜いて来た喫茶店達は健在である。(中略)往時の雰囲気を残した「時間」は大切に仕舞われているが、博物館のように「飾られる」のではなく、日常に「使い続け」られている。」取材先の老舗喫茶の店主の言葉には戦前や戦後すぐの頃の喫茶店や当時通っていたお客のことが語られています。現在は閉店したり代替わりしている店舗も多く、今となっては聞けない内容も多いと感じました。

掲載店のなかに京都大学の北(田中)にあった『ホワイトハウス』がありました。このお店は、個人的にも思い入れがあります。当時ネット検索を通じて知ったお店で、興味を持ち訪ねた時には既に閉店していました。叡電の元田中という駅で降り、住宅街を彷徨ったことはなぜかよく憶えています。こんな場所に喫茶店があるのだろうかと訝しみつつ。やっとたどり着いた場所は更地で、地鎮祭直後だったのか紙垂が残っていました。せめて建物だけでも見て写真に残したかったと落胆しました。

諦めきれず、近くのタバコ屋の人にホワイトハウスのことを訊ねてみました。「時々お店のことを訊ねる方が見えられます。つい最近まで建物は残っていたんですけどね。店主さんがこちらに寄られた際にお伝えしますね」訊ねてきた人間が自分だけではないことを知ってひそかな人気のあった喫茶店だったのかと思いました。

しかしなぜ、駅近でもない住宅街の真ん中に昭和初期創業の喫茶店があったのでしょうか? 長らくの疑問でした。記事にはこうあります。「京大から田んぼを真っすぐ歩けば着いた洋館。学生運動の頃は学生と教授が集まり講義が行われ、『緑のステンドグラスと天井の高い葉っぱのモチーフがモダン』と賞されアンノン族も〝巡礼〟した。先代から使っていたレジキャッシャーや冷蔵庫、椅子も全部『そのまんま』。」昭和8年、米国帰りの先代が建てた洋館で始めた喫茶店は田んぼの真ん中にあり、京大関係者が集う店でした。戦後の高度経済成長期時代、田んぼは次第に住宅街に変わり、訪れる客も変化していったのかもしれませんが、店主や建物は変わらず『そのまんま』をつらぬき営業していたのでしょう。誌面には建物の内外装、白衣を着た店主の写真も載っています。長らく疑問だった喫茶ホワイトハウスの在りし日の姿が少しでも知ることができ、うれしく思いました。

ホワイトハウス跡地を訪れたのは2003年12月末。地鎮祭直後の土地を撮影したはずですが、フィルムを探しても見当たりませんでした。一度も訪れることのなかった喫茶店のことを色々書いておきながらおこがましいのですが、喫茶店はやはり営業しているときが花です。身近な場所にあって通いやすいお店、一息つける場所が自分にとっては大切なお店です。旅先の喫茶店の一期一会の思い出についても、同じことが言えるのではないでしょうか。お店との目に見えない相性がぴたりとはまると、来れてよかったなあと、そのことが最大の喜びになります。些細なように見えて、意外と何年も憶えているものです。

『京都CF』では2008年2月号でも喫茶店特集を組んでいます。巻頭文にはこうあります。「昭和生まれの喫茶店を雑誌で眺めて『懐かしい』とか『レトロ』だとか、そう感じますか? 小さな京都の街には、どこの町内にも喫茶店が必ずあって、そこに通ってくる常連はきっとそんな風には思っていないはず。古い喫茶店だろうが最新のカフェだろうが、『家の近所にある喫茶店』でしかないからだ。そんな生活の一部に取り込まれている喫茶店は、素敵だと思う。」この号では、京都喫茶店史の始まりから現在まで時間の垣根を越えて、京都の人たちに愛されている喫茶店が紹介されています。そして、京都の人が普段使いするような店にこそ、京都好きのよそものは憧れます。わざわざ出向かなくとも、家の近所にある喫茶店の標準店の高さ、これが古くから栄えた街特有の財産なのだと感じます。

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